はじめに

 

 早稲田大学水稲文化研究所は、アジアの水田農耕の実態を学際的に究明するため2000年に設立され、ウダヤナ大学農学部の協力を得て、バリ島の農村文化を究明してきた。この度、その成果を『講座水稲文化研究U バリ島の水稲文化と儀礼−カランガスム県バサンアラス村を中心として−』としてまとめることができた。農学部長アルタ教授には、調査全般にわたって多大な便宜をはからっていただくとともに、本書の刊行に当たって論文をご寄稿いただき、バリ島全体の農業がもつ問題点を浮き彫りにしていただいた。また、ピタナ教授とガヤトリさんには、2005年8月、日本においでいただき、シンポジウムで直接語っていただいた。お二人のお話は、多くの日本人に感銘を与え、この度その内容を論文にまとめ、あわせて刊行することができた。この場を借りて改めて感謝申し上げたい。

 振り返ってみると、このような形で日本の大学とインドネシアの大学が提携して調査に当たることとなった契機は、2002422日にウダヤナ大学で開かれたシンポジウム「モンスーンアジアの棚田」にあったといえよう。このシンポジウムは、日本の棚田学会とウダヤナ大学が共催したもので、バリ島の棚田の社会的意義が明らかにされ、まさにバリ島は棚田の先進地域であることが示された。かつてアメリカの文化人類学者クリフォード・ギアツはバリ島が棚田を基盤とするすぐれた農村共同体と文化を有し、19世紀には「劇場国家」と呼ぶべき儀礼を中心とする、世界的に見ても特徴ある国家形態をなしていたことを明らかにしている。

 本書は、以上のような従来の学問研究から大きな恩恵を受け、さらにその発展をはかったものである。調査の過程で、カランガスム県バサンアラス村において、1980年代前半に地域の人々によって記述されたスバック・バサンアラスの報告書を提供していただくことができた。そこに盛られた情報によって現代から正確に過去を復原することが可能となり、ここに従来の研究を具体的に前進させることができたといえよう。このような試みは、今後バリ島の全域で行っていくべきものである。

 バサンアラス村には、神に奉納するルジャンと呼ばれる少女の舞踊や、ガンバンというガムラン音楽のルーツとなった楽器が今も演奏され、儀礼を重んじるバリ島の伝統がよく残されているいえよう。貴重な調査の機会を与えて下さったバサンアラス村の人々に改めて御礼申し上げたい。さらにこれらの調査を成功へと導いたスシラ氏にはとりわけ感謝申し上げる次第である。

 バサンアラス村以外にも同じくカランガスム県のジャスリー村などで、貴重な学術調査を行い得た。お世話になった方々のご多幸をお祈り申し上げたい。

 

        2006年3月  早稲田大学水稲文化研究所代表 海老澤