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2016年12月15日更新
NO.167(2016.11.15)
岡山県新見市高瀬の石堂薬師三尊像。曹洞宗の寺院高林寺が管理。底辺220p、上辺150p、高さ140pの板状の花崗岩に彫刻されている。向かって右下方に「沙弥清仏/東福寺/大和是永」、向かって左下方に「嘉元四年正月日敬白」と銘文がある。備中国新見莊地頭方東方田地実検取帳(東寺百合文書ク函11)に「石堂免 四反十代」があり、この薬師三尊像にかかわる免田の存在が知られる。この薬師三尊は山城国や大和国の石造物のように白くて美しい。荘園制を支えたのはこのような文化財なのであろう。おそらく中世国家も。



2016年11月15日更新
NO.166(2016.10.15)
日本古文書学会大会記念行事パンフレット表紙・裏表紙(A4判、11頁)。 第49回日本古文書学会大会は早稲田大学国際会議場で、9月24日、25日、26日に開催された。初日の講演会には皇太子の行啓があり、国際会議場(中央図書館)2階の展示室で行われた記念展示「公家と武家の中世史」もご覧になられた。この展示には、文治2年の後鳥羽天皇宣旨、建武2年の後醍醐天皇綸旨、年未詳11月29日足利尊氏書状、天正6年の織田信長朱印状(写真左、天下布武印)など50点が出陳された。これらはかつて荻野三七彦先生が収集され、現在は早稲田大学図書館が所蔵するものである。
 26日の見学会では、@早稲田大学蔵の重要文化財文書、A早稲田大学とイェール大学に残る俊乗房重源の継目裏花押文書、B科研による共同研究のフィールド・東大寺領大井莊の検注帳、C早稲田大学所蔵の影写本から−失われた常陸国吉田神社文書−、D中世対外関係史研究の進展、E中世後期公武関係史論 「宣教卿記」・「中原康雄私記」の原本、F「称名寺聖教・金沢文庫文書」の国宝指定に関連して、の7つの部門に分けて解説付の展示を試みた。
 
 写真右は26日の見学会Bで展示された永仁3年6月日の東大寺領美濃国大井莊実検馬上取帳案。三条三里の全記載(大垣市藤江町付近)。この里の場合には一の坪が合計二町二反に達する一方で、記載のない坪が多数を占める。馬上帳の性格の一端を示している。


2016年10月15日更新
NO.165(2016.9.15)
イェール大学スターリング図書館。2016年9月6日撮影。朝河貫一が収集した図書と朝河貫一自身の研究資料が保存されている。今回、朝河ペーパーズと呼ばれる、手書きの資料収集カードを閲覧することができた。整然とした書きぶりで全く乱れがない。朝河は論文「島津忠久の生ひ立ち」において、「此論文の範囲以外である忠久の武人としての履歴に至っては、他日別に之を論ずる機会があろう。」と述べている。発表する機会はついに訪れなかったが、今回の調査によってその準備を着々と進めていたことがわかった。


2016年9月15日更新
NO.164(2016.8.15)
大垣市笠縫堤西側の住宅街。2016年8月7日撮影。東大寺領美濃国大井莊の調査もだいぶ進んできた。笠縫集落はこの地の鎌倉街道が通過する要衝で、西に行けば、赤坂へ。東に行けば、大井莊の北辺を通過して墨俣に向かう。南北に走る堤があり、桜の名所となっているが、西側の住宅街はそれぞれの家ががっしりとした石組みを有している。それに対して笠縫側の集落にはそれがない。わずかな比高差ではあるが、笠縫側には水害がおよばないとのこと。笠縫堤の微妙な影響を物語っている。前回訪れたときには気づかなかった。


2016年8月15日更新
NO.163(2016.7.15)
デジタルアート「四季千年神田図−田染莊」。2016年6月12日撮影。豊後高田市に新しい市役所が建てられ、その正面エントランスにこの大きな動画ディスプレイが掲げられている。チームラボの作品。田染小崎の天候を刻々データ化し、反映させ、梅雨時の今は雨が降っている。屏風絵のような新しい芸術は日々刻々変化し、二度と同じシーンには戻らないとのこと。その変化する画像が千年以上変わらず続く「田染莊」を表現しているのだから面白い。田染莊のオーナー制、荘園領主制度も今年で17年目を迎えた。新たな芸術のモチーフとなったことを慶びたい.


2016年7月15日更新
NO.162(2016.6.15)
  山梨県立博物館にて。2016年6月5日撮影。大学院の人たちと武田晴信書状などを熟覧する機会を得た。弘治3年(1557)の書状では信玄の花押の筆さばきに弾力性が感じられるのだが、晩年になると花押全体が硬直してくる。右筆が花押の枠を作っておいて本人が塗り込むのだろうか。終了したばかりの10周年記念武田二十四将展も好評であった。足軽大将の山本勘助に関しても近年は研究が進み、かつてのような「謎の人物」ではなくなっている。戦国武田氏の解明も着々と進んでいることを実感した。


2016年6月15日更新
NO.161(2016.5.15)
地理情報ソフトArcGISの新人オンサイト・トレーニング。2016年4月21日撮影。2月に続いて2回目のトレーニング。今回は、新入生を対象とした。彼らはIT社会に育っているため、シニア世代よりも遙かに速く操作を覚えていく。地形図の上に想定条里線を乗せる作業を難なくこなして条里のポリゴンができあがる。次回のフィールドワークが楽しみである。 


2016年5月15日更新
NO.160(2016.4.15)
大垣市立図書館にて、2016年3月30日撮影。美濃国大井莊の現地調査が本格化し、28日〜30日に莊域をA、B、Cの3班に分けて調査を行った。写真は、最終日の報告会の風景、C班は主に莊域の北東部を担当し、北方の平野井川から取水する柿の木戸分水などを踏査して、図書館所蔵の三塚村地租改正大絵図にて確認を行った。莊域に関わる犬坊丸塚、大禰宜塚、銭瓶塚は、明治期とは形を変えたが今も健在である。A班、B班もそれぞれ地域の特色を生かした調査を行った。 


2016年4月15日更新
NO.159(2016.3.15)
善明寺鉄造阿弥陀如来坐像(東京都府中市)。2016年2月28日撮影。新たな府中市史の編纂がはじまり、中世専門部会では、市内の資料調査を行っている。この阿弥陀如来像は像高170.3pほどで、重量は380kg。鉄仏としては日本一であるという。小野一之氏の「鉄仏の来歴と畠山重忠の伝説」(府中郷土の森博物館紀要24号、2011年)によれば、近世には六所宮(大国魂神社)の境内にあり、大田南畝などが見聞記を残している。銘文が二カ所に陽鋳され、『鎌倉遺文』補1534号に収載されており、建長5年(1253)2月16日に造立されたものであることがわかる。149で紹介した周防阿弥陀寺の鉄宝塔とともに鎌倉期の鉄のモニュメントとして誠に貴重である。 


2016年3月15日更新
NO.158(2016.2.15)
 ArcGISのオンサイトトレーニング。2016年2月8日撮影。ArcGISは汎用性の高い地理情報ソフト。本年度から開始した科研「既存荘園村落情報のデジタル・アーカイブ化と現在のIT環境下における研究方法の確立」の基本ソフトに決めたので、「現場実習」が必要となる。美濃国大井莊には、条里坪付の記載がある永仁3年(1295)の検注帳が残されており、とりあえずはこの分析から着手することになった。ArcGISによって高い精度で条里の復原ができ、荘園から城下町への実態に迫る構想が一歩前進した。 


2016年2月15日更新
NO.157(2016.1.15)
大井莊歴史懇談会。2015年12月24日。浅野凖一カ氏に「大井庄の立地と条里」についてお話をいただく。大垣市の真ん中にある「ひさご」というお店で、肩のこらない歴史談義をする。しかも、中身は条里制の検討というハイレベルなものである。このような雰囲気の中で“歴史研究”ができて誠に楽しい。市教育委員会の中井正幸さんのお世話になりながら「荘園から城下町へ」という新たなカテゴリーで共同研究が進められそうである。 


2016年1月15日更新
NO.156(2015.12.15)
シンポジウム「朝河貫一と日本中世史研究の現在」。2015年12月5日、早稲田大学小野記念講堂にて。佐藤雄基氏(立教大学文学部准教授)、似鳥雄一氏(早稲田大学文学学術院助手)、中村治子氏(イェール大学東アジア図書館日本研究専門司書)の講演に続いて、近藤成一氏(東京大学史料編纂所教授)、甚野尚志氏(早稲田大学文学学術院教授)を交えたパネルディスカッションを行う。司会は海老澤。中村治子氏の講演により、イェール大学の朝河収集資料が体系的に紹介され、朝河貫一研究の輪郭が整ったといえる。「朝河貫一と日本中世史研究の現在」の解明を出発点として朝河貫一が行った研究と史料収集の全容を明らかにしたい。 


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