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@5月16日 加藤 裕美子(6月6日 補足報告)
○担当文書
『日本塩業大系』165〜168、補33〜補36
○注目文書
正和2年(1313)4月24日 弓削島荘公文寛慶起請文(塩補35)
○論点
・弓削島荘の地名について
・3通の相分帳について
*応長元年(1311)7月日付の田畠・山林・塩浜以下相分帳(塩165、塩166、塩補34)に注目。乾元2年(1303)の和与に基づいて地頭代が中分方法の一案(それぞれの名を三分割する坪分中分)を提示したものと考えられる。3通はほぼ同一の構成であるが、塩166のみ一部の地名と端裏書の日付が異なっており、これが地頭分にあたる可能性も考えられるが詳細は不明。畠地の面積については、文治5年(1189)の検注取帳(塩17)記載の面積をもとに作成されていることが、討論中に指摘された。
○課題
・相分帳全体の分析。
・相分絵図(塩169)との関連(実際の中分方法 の再検討など)。
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