L11月7日 田中 奈保

○担当文書
 『日本塩業大系』236〜245
・塩244は案文ではなく、正文と考えられる。

○注目文書
 観応3年(1352)6月日 東寺雑掌光信申状并具書案(塩243)
・両使として現れる近藤氏と金子氏は、後に室町幕府の奉公衆として見え、この頃から在京していたと考えられる。また、鎌倉時代の足利氏の被官には両家は見られず、南北朝期から足利氏に仕えるようになったと考えられることを指摘した。

○論点
・東寺沙汰雑掌光信の活動と観応擾乱期の幕府訴訟制度の混乱について
 塩226、塩232、塩237、塩239などにおける日付の混乱(指令と復命の行き違い)について、雑掌光信が弓削島荘以外の東寺領訴訟も手がけていることから、基本的には京都周辺に常駐していると考え、現地ではない所(京?)で形式的な打ち渡しをし、請文を作成した可能性を指摘した。また伝達の混乱については、この時期の幕府訴訟制度が南北朝の争いに加えて観応の擾乱による幕府内部の対立・抗争に影響されて不安定な状態であったことにも影響しているとした。「沙汰付光信」については文言上の問題である可能性があること、実際の「沙汰付」と遵行状とは分けて考えた方がよいことなどが討論中に指摘された。

○課題
・光信の活動。遵行状の出され方。



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