O11月28日 大澤 泉

○担当文書
 『日本塩業大系』274〜280、補46〜補50
・塩275〜塩279の成身院公厳書状の端裏書は、堅済が書いていることが討論中に指摘された。

○注目文書
 年未詳5月19日 成身院公厳書状(塩275)

○論点
・公厳書状等一連文書の位置付けと年次比定
 塩275〜塩282および塩補51の年次比定を行った。『日本塩業大系』では至徳3年(1386)としているようであるが、塩補47と関連のある塩275以外は検討を要するとして、文書の内容や相互関係などからこれらの文書が応永11年(1404)のものであると考えた。その際問題となる塩280の金蓮院杲淳書状の位置付けについては、応永11年に年預である堅済が評定を欠席した場合、杲淳が年預の代理を行っていたことがこの年の廿一口方評定引付から明らかになるので、塩280も堅済不在のもとで杲淳が出したものであることを指摘。これらのことから、一連の文書は応永11年に比定され、塩281→塩276→塩277→塩278→塩282→塩279→塩280・塩補51の順に出されたことを明らかにした。   年預代理については、堅済が欠席した際の引付は事書部分を杲淳が、本文を堅済が記していることが討論中に指摘された。



前のページへ戻る

 


Copyright (C) 2006 EbisawaKenkyushitsu . All Rights Reserved